古代文明その③エジプト文明
これは古代エジプトのお話です
さて、これからオリエント世界で唯一後回しにしたエジプト文明の話をしていくのですが、上の年表を見たらわかる通り紀元前3000年~前1000年までの間は「古王国」「中王国」「新王国」としか書かれていません。
それぞれの間の細い線は何を表すのか?
これは異民族ヒクソスの侵入によるエジプトの混乱期を表します。なので、
元々あった古王国が異民族ヒクソスのせいで滅亡し、ヒクソスを倒して中王国を建てたが再びヒクソスに滅ぼされ、さらに再びヒクソスを追い出して新王国を建てた
というストーリーになります。
エジプトを統一(~前3000年)
毎年、定期的に発生するナイル川の氾濫は、エジプトに肥沃な土壌をもたらし、農作物の栽培を大いに助けました。
ここから「エジプトはナイルのたまもの」とも言われます。
そこに人々が定住するようになり、ノモスと呼ばれる小部族国家を各地に形成し、紀元前3000年頃にエジプトを統一したメネス王が最初の王朝を立ち上げました。
ナイル川沿いの狭く長い岸辺に約3000年にわたって栄えたのがエジプト文明です。
エジプト文明の特徴
エジプトでは、定期的に訪れるナイル川の氾濫時期を知るための太陽暦や、氾濫後の土地を測量する技術などが発達しました。
古王国(前27~前22世紀)(第3~第6王朝)
メンフィスを都として栄えた古王国時代で、多くのピラミッドが建設されました。
クフ王のものを最大とするギザの三大ピラミッドが有名で、ピラミッドの守護神としてスフィンクスがいます
第3王朝のゼゼル王は、最初の石造りの墓である階段ピラミッドをつくり、次の第4王朝のクフ王ほか2人の王の墓がギザのピラミッドです。
また、ファラオ(王)が太陽神ラーの子とされ、その権威を高めた時代です。
異民族の侵入による混乱時代(前22~前20世紀)(第7~第11王朝)
きましたね、古王国と中王国の間の細い線の時代です。先ほど、エジプトの混乱期と述べました。
第7~第11王朝のあいだは、中央集権支配が崩れ、またアジアの遊牧民ヒクソスの侵入を受けて混乱している時代です。
中王国(前21~前18世紀)(第11~第12王朝)
政治・文化・宗教の中心が都テーベのある上エジプトに移った中王国時代
しかし再び、軍馬と戦車を持つ遊牧民ヒクソスの攻撃を受け混乱
異民族の侵入による混乱時代(前18~前16世紀)(第13~第17王朝)
さて、再び登場した混乱期です。しかしこれは混乱というよりは
ヒクソスがエジプトを支配している時代です。
前1600年頃、アフモスがヒクソスを追い出し、第18王朝を築き、新王国の始まりです。
新王国(前16~前11世紀)(第18~第20王朝)
第18王朝3代目のトトメス1世は、西アジアにも進出(メソポタミア編と繋がりました)し、その後の1世紀あまりが、エジプトの領土が最も拡大した時期です。
ちょうどこの時代、メソポタミアでは古バビロニア王国がヒッタイトに滅ぼされて、混乱しているくらいです。そこにエジプト新王国(図中↑のオレンジ色)もシリアやパレスチナに進出します。
さて、話は元に戻りまして、前1370年頃、アメンホテプ4世(イクナートン)の宗教改革によって自由で写実的なアマルナ美術が生まれましたが、国は衰退し、王の死後、有名なツタンカーメンは宗教を元に戻しました。
↑こちらの方の記事が「アメンホテプ4世の宗教改革」について、わかり易くて面白かったので興味ある人は是非読んでください。
また、第19王朝のラメス2世はアブシンベル神殿など巨大建築物をつくり、王の権威を示しましたが、その後国家は衰退していきます。
(アブ・シンベル神殿)