リヴァイヴァル建築

超わかりやすい!【リヴァイヴァル建築】ヨーロッパを旅する前に知っておくべき知識

はじめに

RYOです

各建築様式の少し詳しい部分まで掘り下げようという狙いで、今回はリヴァイヴァル建築について説明します。

※明言しますが、西洋建築の勉強をしてからヨーロッパに行けば無学で行くより100倍楽しめます。5回にわたってヨーロッパ30ヵ国以上を完全無学で周ってきた僕が言うので間違いありません(笑)

参考文書:「西洋建築の歴史~美と空間の系譜~」

↓こちらを前提に話を進めますので、まずはこちらを読んでください↓

【西洋建築】建築様式の種類と風土による建築様式の違い

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では始めます。

ゴシック・リヴァイヴァル建築/バロック・リヴァイヴァル建築

まずリヴァイヴァル建築シリーズ(ゴシック・リヴァイヴァル建築/バロック・リヴァイヴァル建築)の概要を説明します。

リヴァイヴァル建築シリーズは、過去の建築様式を相対化し復興させようという歴史主義の中で生まれた建築様式

です。

特にゴシック建築とバロック建築が復興の主な対象となりました。

ゴシック・リヴァイヴァル建築

ゴシック・リヴァイヴァル建築(若しくはネオ・ゴシック建築)はイギリスを中心に発生し、19世紀に最盛期を迎えました。

非対称や不規則性の入り込む余地のない古典系建築より、個人の好みによる形式にとらわれない自由な形態が可能な中世系建築が、この時代の「個」を大事にするロマン主義と上手く合致し、ゴシック建築が力強い復興を果たしました。

中世では教会堂が建築の主要課題でしたが、この時代には建築の対象が拡大し、教会堂や城館だけでなく邸館やヴィラ、大学、学校、裁判所、住宅までもがゴシック様式で建てられました。

ロンドンにある「ウェストミンスター宮殿」

イギリスの首都ロンドンにある、テムズ河の西岸に面して平行にとられるイギリス国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)は1834年に焼失し、ネオ・ゴシック様式としてその後再建されました。

外観は、テムズ河対岸からの眺めを重視して構成され、議事堂にふさわしい威厳を与えるために、河に面する長大なファサード(建物正面)を左右対称とし、その両端部を突出させて全体の安定を図っています。

この水平に広がるファサードの後方から、写真右端の時計塔(エリザベス・タワー/ビッグ・ベン)、写真左端のヴィクトリア・タワーが立ち上がり、中央部とその他の小尖塔が強い垂直のアクセントを加え、空に向かう動きを視覚化しています。

バラ窓もあれば、フライング・バットレス(飛び梁)もピナクル(小尖塔)もありますね。

窓には三つ葉アーチが使用されています。

内部には多くの線状要素と尖頭アーチ、リブヴォールトも見えますし

もはや何ヴォールトと言ってよいかもわかりません。
(ファン・ヴォールトかな?)

そして驚くほど薄い壁ですね。実際は外側のフライング・バットレスなどで重さを分散しているとはいえ、内部から見たらとても壁が薄く

「こんな薄い壁でこの大きな建物が支えられているのか」

と思います。←これがゴシック建築の狙い

ゴシック建築とゴシック・リヴァイヴァル建築の違い

ではここで、ゴシック建築ゴシック・リヴァイヴァル建築の違いを説明します。

ゴシック建築は12世紀中頃(1150年頃)にイール・ド・フランス(パリを中心とする半径100~150km地域)を中心に、ロマネスク建築を追求して発展した建築様式です。

ゴシック・リヴァイヴァル建築は18世紀後半から19世紀(1750~1800年代)に、一度終息したゴシック建築を復興しようという流れの中で復活した建築様式です。

時代が違うのは当たり前ですが、一番の違いは

キリスト教建築かそうでないか

という事です。今まで散々みてきましたが、ゴシック様式はキリスト教会堂で使われてきましたよね。

しかしゴシック・リヴァイヴァル様式はイギリスの国会議事堂に使われており、もはやキリスト教とは関係ありませんよね。
※イギリスがキリスト教国という大前提はあるにしろ

なので、ゴシック様式の建物は基本的に平面図がラテン十字(十字架形)になっていますが、

(シャルトル大聖堂)

ゴシック・リヴァイヴァル様式の建物は平面図は十字架形にこだわっていません。

これもゴシック様式とネオ・ゴシック様式の違いになります。

バロック・リヴァイヴァル建築

バロック・リヴァイヴァル建築(若しくはネオ・バロック建築)はフランスを中心に発生し、バロック様式を復興して1874年に建てられた(パリの)オペラ座が世界を驚かせ、当時帝国主義的競争の渦中にあった先進諸国は、ネオ・バロック建築こそ国家の威信を最も的確に表現するものだ、として各国が一斉に採用することになりました。

パリにある「オペラ座」

パリにあるオペラ座は1671年に開設され、1875年に現在のバロック・リヴァイヴァル様式として完成しました。

一般的に「オペラ座」と言えば、パリのオペラ座を指すので、わざわざ「パリのオペラ座」と呼ぶ必要はありません。

※余談ですが、日本でも「神宮」と言えば伊勢神宮を指すので、わざわざ「伊勢神宮」と呼ぶ必要はありません。

まあどちらにしろ、親切に「パリのオペラ座」「伊勢神宮」と呼ぶ方が誤解は無いと思います(”◇”)ゞ

って事で、パリのオペラ座は重厚な下層の上に双柱を並べています。

これはルーヴル宮殿の東側ファサードに由来します。

(↑ルーヴル宮殿東側ファサード)

(オペラ座)

しかし双柱を独立円柱ではなく壁付き柱とする構成は、元をたどればルネサンス期のブラマンテの作品「ラファエロの家(現存せず)」↓に由来します

(ルスティカ(粗石積み)仕上げの1階にオーダーを載せた2層構成の外観)

(オペラ座)

両端部を少しだけ突出させ柱列を重層させる手法もルーヴルに倣っており、バロックの特徴ですね。

しかも柱を大オーダーとし、その間に小オーダーを挿入する手法は、ミケランジェロがカンピドリオで初めて用いた手法の応用です。

(カピトリーノ美術館)

それにアティックはローマ的で、全体の輪郭を引き締めています。

オペラ座の内部は派手な装飾で彩られ、THE BAROQUEって感じです。

周歩廊もコリント式の円柱が見えますが、柱頭が金色に塗られており、派手さが一層際立っています。

おわりに

リヴァイヴァル・シリーズもこれで終わりです。

これまで西洋建築の説明をある程度やってきましたが、途中から当たり前のように「エンタブラチュア」「ペディメント」などの用語が出てきて混乱したと思います。

なるべく詳しく書いたつもりですので、もし理解できなければギリシア建築編から再度読まれたら理解が深まると思います。

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