姫路城 世界遺産

【姫路城】~日本木造城郭建築の最高傑作~

はじめに

RYOです。

このシリーズでは世界遺産検定1級合格のために、まずは日本の世界遺産を全て勉強しようという企画です。

今回は「姫路城」についてです。

姫路城(1993年登録)

兵庫県姫路市にある姫路城は、現存する日本木造城郭建築の最高傑作とされる建造物です。

池田輝政の大改修

城郭としての起源は、南北朝時代の1346年に赤松貞範(あかまつさだのり)が築いた砦であると伝えられています。16世紀末、羽柴秀吉はこの城を毛利氏攻略の拠点に定め新たに3層の天守閣を建設、1600年の関ヶ原の戦いの後、城主となった池田輝政が9年間にも及ぶ大改修を実施し、姫路城の象徴である外観5層の大天守を中心とする天守群を築きました。

※つまり池田輝政が姫路城を現在の姿にまで大改修した。

つづく本田忠政の時代には、長男の忠刻(ただとき)とその妻の千姫(せんひめ)が住居とした西の丸も整備されています。

白漆喰の総塗籠

姫路城は、白漆喰(しろしっくい)の総塗籠(そうぬりごめ)の外壁が魅せる優美な姿から「白鷺城」(はくろじょう・しらさぎじょう)とも呼ばれますが、一方で極めて実用的で高い防衛能力を兼ね備えた堅牢な城でもあります。

そもそも漆喰(しっくい)とは、サンゴ礁が長い年月をかけて固まったもの(石灰石)に↓

焼いて、水や糊を加えてできる塗料(?)のことです↓

総塗籠(そうぬりごめ)は文字からもわかる通り、城全体を塗ったということです。

この白漆喰の特徴は、防水性・防火性があるということです。お城自体は木造なわけですから、敵が城の一部に火を付ければあっという間に城は燃え上がります。それを回避するために、外側を白漆喰で塗り固めたんです!!

もちろん内側から火を付ければ(木が露出しているので)燃え上がりますが、少なくとも外部からの攻撃(火矢など)は防御できるのです。

廃城の危機

姫路城は1615年の一国一城令、明治維新に際しての廃城令、そして第二次世界の戦火を免れ、江戸時代初頭の姿をほぼそのままに留めています。

昭和の大修理

1956年から8年間に及んだ「昭和の大修理」では、天守閣の解体修理が行われ、かつてのままの美しい姿を残しています。

平成の大修理

2009年から2015年までの「平成の大修理」では、大天守の屋根瓦や漆喰壁の保存修理事業が行われており、修復を行いながら「真正性」を保つという保存の取り組み方も評価されました。

唐破風や千鳥破風

池田輝政による5層7階建ての大天守は創建当時のままの姿で残っています。

白漆喰の総塗籠の外壁に、曲線を描く唐破風(からはふ)や屋根にそのまま切妻破風をおく千鳥破風(ちどりはふ)などの装飾が特徴的です。

設備

城内には内部から弓矢や鉄砲を撃ちかけるための狭間(さま)、石や熱湯を浴びせかける石落としなどの仕掛けもあり、姫路城の1階と2階には開閉できる特殊窓が、3階には武者隠しが、4階には窓から攻撃できる石打棚という設備がありました。

西の丸の長局(ながつぼね)の鉄砲狭間や弓狭間は、三角や四角など幾何学的な形状をしています↓

安土城との関連

姫路城は、織田信長が築いた安土城(あづちじょう)↓の天守閣を模したものと言われ、標高46mほどの姫山と呼ばれる丘の上に建ち、高さ31.5m、地下1階・地上6階の5層7階になっています。

真正性

真正性とは、主に文化遺産に求められる概念で、建造物や景観などがそれぞれの文化的背景の独自性や伝統を継承していることが求められる概念。

なので修復の際には特に創建時の素材や工法、構造などが可能な限り保たれている必要がある。

例えば大地震でピラミッドが崩れ、修復の際に二度と崩れないように石同士を樹脂で固めたとします。これは外見上世界遺産を保護していますが、修復方法は建設当時とは遥かに異なりますので、真正性はありませんね。

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