新古典主義建築

超わかりやすい!【新古典主義建築】ヨーロッパを旅する前に知っておくべき知識

目次

はじめに

RYOです

各建築様式の少し詳しい部分まで掘り下げようという狙いで、今回は新古典主義建築について説明します。

※明言しますが、西洋建築の勉強をしてからヨーロッパに行けば無学で行くより100倍楽しめます。5回にわたってヨーロッパ30ヵ国以上を完全無学で周ってきた僕が言うので間違いありません(笑)

参考文書:「西洋建築の歴史~美と空間の系譜~」

↓こちらを前提に話を進めますので、まずはこちらを読んでください↓

【西洋建築】建築様式の種類と風土による建築様式の違い

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では始めます。

新古典主義建築

まず新古典主義建築の概要を説明します。

新古典主義建築は、18世紀半ばからバロック建築・ロココ建築に対する反動として興り、ルネサンス期よりも遥かに深く正確に古代建築を追求して生まれた建築様式

です。

この時代、人間は神の啓示や宗教的権威によってではなく、理性の力によって世界を把握しようとした時代です。

あらゆる知的探求がなされ、人間と社会のあるべき姿が追及されました。

建築の分野では、考古学的研究の成果により、古典古代の建築の姿がルネサンス期の人々が理解していたよりも遥かに深く正確に捉えられるようになりました。

新古典主義建築が排除した要素

18世紀中頃以降、考古学によってギリシア建築のオーダーが明らかにされ、それがローマ建築よりも純粋であるという認識が高まり、イギリスとドイツでは簡素にして厳格なギリシア建築を復興する方向に進みました。

逆に19世紀初期のフランスは、ナポレオンが古代ローマに心酔したこともあり、豪華壮麗なローマ的なものを好みました。

つまり、18世紀中頃まではギリシア建築の存在がほぼ知られていなかったのです!!!

考古学研究によってギリシア建築がローマ建築の基であるということが判明しました。それまでの古典系建築では「ローマ建築をお手本に」されてきました。

そもそもオーダーの造形原理は、エンタブラチュアとそれを支える円柱という単純な構造方式を芸術的に洗練することでしたよね?

考古学研究が進むにつれ、ギリシア建築のオーダーこそが構造方式が純粋かつ理に適っている(合理的)と再評価され、ローマ建築及びそれ以降の古典系建築の合理的ではない用法や要素が全て見直されました。

と同時に、新古典主義のうちには、考古学的正確さよりも建築の原理的な面に強い関心をもつ動きがみられました。

その合理的ではない用法や要素がこちらです↓

➀オーダーを浮き彫りのように壁に貼り付ける方法

(ローマ以降)

ローマのコロッセオ↓

ローマ建築

円柱が独立しておらず、壁に埋まっています。

②オーダーを上下に重ねる方法

(ローマ以降:ギリシア建築にもあるが神殿外観にはみられない)

例えばコロッセオ↓

ローマ建築

とか、こんなん↓

オーダーが上下に重なっています

③双柱

(ルネサンス以降)

例えばイタリアのヴィチェンツァ↓

双柱↓

ルネサンス建築 マニエリスム

④大オーダーと小オーダーの併用

(後期ルネサンス以降)

カピトリーノ美術館↓

ルネサンス建築

⑤パラディアン・モチーフ

再びイタリアのヴィチェンツァ↓

ルネサンス建築 マニエリスム

大オーダーでは無い大小二種類のオーダーの併用をパラディオに因んで、パラディアン・モチーフと呼びます。

※二階分の高さをもつ大オーダーと小オーダーの併用とは違います

⑥円柱の不均等な配列

(バロック)

サンタ・スザンナ聖堂↓

バロック建築

もう円柱の配列(間隔)がバラバラ。

均等でも何でもない

⑦ピラスター、1/2円柱、3/4円柱、完全円柱などの混用

(バロック)

再びサンタ・スザンナ聖堂↓

バロック建築

ピラスター、1/2円柱、3/4円柱、完全円柱などが混用されています

バロック建築

⑧円柱の前後の重層化

(バロック)

またもやサンタ・スザンナ聖堂↓

中央を強調するために円柱が前後に重層されています。

⑨エンタブラチュアやペディメントの湾曲と屈折

(バロック)

サン・カルロ・アレ・カトロ・フォンターネ聖堂↓

バロック建築

エンタブラチュアがグニャグニャです・・・

⑩アティックやエディキュラの付加

(ローマ以降)

アティックとはいわゆる「ロフト」とか「屋根裏部屋」のことです。

ローマの凱旋門↓

エディキュラとは「小祠」を表し、壁面から張り出すようにして造られた石造の飾壇↓で、中央の凹部には彫像などが置かれます。

ローマのパンテオン内部↓

ローマ建築

ローマ建築 アーチ

⑪弓形のペディメント

(ローマ以降)

ペディメントとは屋根の上に載っている三角形の壁面です。

ギリシャ建築 オーダー

この三角形です。

しかしローマ建築時代から、この三角形が弓形に変化します。

ローマのパンテオン内部↓


これらの用法や要素を最も駆使したのはバロック建築で、新古典主義はそのようなバロックに対する反動という側面を強く持っています。

そして最も純粋である古代ギリシアの神殿建築を理想とし、上記の用法や要素を可能な限り排除した表現を目指したのです。

フランス・バロックの代表作「ルーヴル宮殿」

※ルーヴル宮殿=現在のルーヴル美術館

バロック建築編で

「フランスとイギリスはイタリアから受け入れたバロック建築をより古典的性格の強いものに発展させた」

と書きました。

ここで時間を少し遡って、フランス・バロックの代表的な作品であるルーヴル宮殿東側ファサード(正面玄関)をみてみましょう。

ルーヴル宮殿の東側ファサードの古典的要素

ではルーヴル宮殿の東側正面に用いられている古典的な要素を確認しましょう。

壁を背後に深く後退させて、双柱を壁から独立させている

新古典主義建築が排除した要素➀に相当

壁に貼り付けられていない!

双柱が均等な間隔で整然と並んでいる

新古典主義建築が排除した要素⑥に相当

双柱が均等に並んでいる!

まあでも双柱を使っているので③は排除しなかったのかな。

オーダーが上下に重なっていない

新古典主義建築が排除した要素②に相当

オーダーを重ねていない!

アティックを廃して、エンタブラチュアとペディメントの輪郭を明瞭にしている

新古典主義建築が排除した要素⑩に相当

うむ、古代の神殿そっくりの上部!

以上の点で、フランス・バロックは比較的古典的と言えます。

ルーヴル宮殿の東側ファサードの非古典的要素

一方バロック的と言える部分が数点ありますよね?

双柱の使用

まず双柱は古代建築(ギリシア/ローマ)にはありませんよね。

なぜ古典的にしたかったのに双柱を使用したんだ、バカモノ!

神殿正面と神殿側面の合体

それにサンピエトロ大聖堂と同じで、東側ファサードは古代の神殿正面を神殿側面に重ねた構成をもち、こちらも古典的とは言えません。

中央部と両端部の壁の突出

この段差、非古典的ですね。

ピラスターと円柱の併用

ピラスターと円柱の併用は完全に古代建築から外れています。

このように、非古典的要素も含む(まあバロック時代やから当然やけど)ルーヴル宮殿の東側ファサードでした。

新古典主義の誕生

新古典主義建築は、このようなルーヴルの東側ファサードから更に徹底的に非古典的な要素を排除することで生まれます。

たとえば、双柱を単円柱に置き換え、ピラスターを独立円柱にして壁を後退させる。そして柱列の重層を無くしてバラストレードを廃止し、高い基壇状の階を階段にするとか。

もちろん、それらの変化に応じて比例全体の変更も必要となりますが。

例えばパリのパンテオンが、新古典主義最初の大建築と言われます。

フランスの新古典主義建築「パンテオン」

パリのパンテオンは、十字形平面をもち、交差部にドームを載せています。
※このような建築はローマにもギリシアにも存在しませんでした。

「え、パンテオンはギリシャ建築じゃなくてローマ建築じゃないの?」

と思った方、良い質問です。

冒頭でも書きましたが、フランスではナポレオンが古代ローマに心酔していたこともあり、新古典主義の時代でもギリシャ建築ではなくローマ建築を熱心に復興しました。

しかし整然と並んだコリント式の独立円柱とペディメントからなるファサードの構成、ドーム基部ドラム(円筒部分)の均質な柱列とエンタブラチュアによる構成が、古典古代的な印象を強めています。

また、内部においても、コリント式の独立円柱が直線的なエンタブラチュアを受け、バロックには無い古典的な空間を創り出しています。

しかしドームもコリント式円柱も、古典的ではありますがギリシア的と言うよりはローマ的ですよね?

つい先ほども書きましたが、19世紀初期のフランスは、ナポレオンが古代ローマに心酔していたこともあり、豪華壮麗なローマ的なものを好んだからです。

「ラ・マドレーヌ」

もう一つ、パリには「ラ・マドレーヌ」という古代神殿の外観をもつ巨大な建物がありますが、基壇の存在とコリント式のオーダーがローマ的な雰囲気を醸し出しています。

ローマ人がこよなく愛したコリント式円柱↑です。

ドイツの新古典主義建築「アルテス・ムゼウム」

19世紀ヨーロッパの最も偉大な建築家とされるシンケル設計のアルテス・ムゼウム(旧博物館)は、正面にのみイオニア式の列柱を配して両端を袖壁とするきわめてシンプルな外観を持っています。

(イオニア式列柱)

ギリシア建築ではコリント式円柱はほとんど用いられず、ドリス式またはイオニア式が主流でした。

なのでコリント式円柱の時点で、それはローマ的と言えます。

ぼく個人的には、円柱表面の溝彫り(フルート)が古典的だなーと思います。なぜならルネサンス建築やバロック建築などの円柱はどれも溝彫りがなく、表面がツルッツルだからです。

イギリスの新古典主義建築「大英博物館」

ロンドンにある大英博物館↓も新古典主義建築の建物です。

ここまで読んで頂いた方なら

「いや、神殿側面に神殿正面を貼り付けてるから古典的とは言えないじゃないか」

と思うかもしれません。

しかし大英博物館は上のように神殿正面は神殿正面として機能しており、神殿正面を神殿側面に貼り付けただけとは言えません。

先程のルーヴル宮殿東側ファサード↑みたいに突出の差がわずかで「両者が合体している」とは、大英博物館の場合は言えないからです。

これだけ神殿正面が前に出ていたら、これはもう神殿正面でしょう。

歴史主義

そして最後です。今まで

ギリシア神殿→ローマ建築→ロマネスク建築→ゴシック建築→ルネサンス建築→バロック建築(ロココ建築)→新古典主義建築

とやってきました。これまで

やはり最高の建築様式はギリシア建築

※ギリシア建築がローマ建築に先行する古代文明として理解されたのが19世紀前後

という風潮がありましたが、ルネサンス・バロック・新古典主義と古典系建築連続の波が治まると

中世系のゴシック建築も素晴らしかった

という流れになり、新古典主義建築の次にゴシック建築復活を考えるネオ・ゴシック(ゴシック・リヴァイヴァル)が現れました。

19世紀には新古典主義建築とネオ・ゴシック建築が合体してルネサンス建築やバロック建築までもが再興の対象になりました。

この「過去のあらゆる建築様式をモデルにする」ことを歴史主義と言い、ネオ・バロックの傑作がパリのオペラ座(=ガルニエ宮)で、ネオ・ゴシックの傑作がロンドンのウェストミンスター宮殿になります。

おわりに

新古典主義建築、いかがでしたか?

古典系建築の中では、最もギリシア建築を忠実に模倣しており、ローマ建築さえも「邪道」としてドームなどを嫌った新古典主義建築でした。

次で最後の「ネオ系」いきます。

ネオ・ゴシックとネオ・バロックを紹介します。

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