さて、本記事では、ユダヤ人の聖典である「旧約聖書」の続編――その名も新約聖書についてなるべく噛み砕いて解説していく。
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なにせ旧約の続きである。
いきなり続編から観るのはちょっと…という慎重派の読者諸君、まずは前作をざっくりチェックしてからのほうがいいかもしれない。
以下のリンクからどうぞ↓
さて、本記事ではユダヤ人の聖書(=物語)である旧約聖書をなるべくわかりやすく解説してみました。 大まかなお話は以下の記事で既に言及していますので、興味があればこちらからご覧ください↓ [sitecard subtitle[…]
今回はちょっと趣向を変えて、漫画風のイラストで新約の世界を案内していくつもりだ。
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とりあえず堅苦しい話はナシ。
笑って読んで、ふと「へぇ~」とつぶやけたらそれで本望である。
では、いざ開幕。
新約の世界へレッツゴー٩( ”ω” )و
人気者イエス、フルボッコ計画が始動する!?
さて、前回の記事ではただの水を葡萄酒に変え、触れただけで病人を治癒するというイエスの奇跡的なエピソードをご紹介した。
ところがだ。
奇跡を起こすほどに、イエスの支持者は急増。
しかしイエスが人々に支持されていくのと反比例するように、ユダヤの祭司たちや律法学者、ファリサイ派の人たちはイエスを敵視し始める。
「イエスだぁ?生意気な青二才が」
彼らにとってイエスの教えは、ユダヤ教を軽んじるかのようにも見えたからである。
長年の変遷を経て、ユダヤ教の律法は「思想」というよりも「行為そのもの」を重視するようになっていった。
簡単に言えば、それに違反すると罪人扱いされる「ガチガチに厳しすぎる生活ルールブック」と化していたのだった。
現代で言えば、「土曜日にスマホを触ったら神に呪われる」みたいなノリである。
隣人を愛せ。右の頬を打たれたら左も出せ
それに対してイエスが大切にしたのは、その「本質」。
とにかく神を愛し、隣人を愛するよう説いたのである。
「神を愛し、隣人を愛しなさい。左の頬を打たれれば、右の頬を…」
律法に対する解釈の違いは、両者の溝をどんどん深めていった。
ある安息日に、イエスとその弟子たちが麦畑の側を歩いていた時のこと。
「うーん、お腹減ったなぁ」
弟子たちは空腹のあまり、麦の穂を採って食べたそうだ。
すると、それを見ていたユダヤ教でも最大の勢力を持つファリサイ派の人々が、
「安息日に禁止されている収穫という行為ではないのか」
と、(中学生の職員室告げ口レベルのしょーもない指摘をして)イエスを非難したのである。
しかしイエスはスパーンとこう切り返した。
「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」
安息日とは、体を休めて神に祈るためにあるもので、労働しないことに意義を見い出すものでは無いということである。
別の安息日に、イエスが人々に神の教えを説いていた時のことだ。
「神は全ての人に平等です、なぜなら…」
説教中にイエスは、聴衆の中に手に障害がある人がいることに気付いた。
しかしこの時、聴衆に混じって何人かのファリサイ派の信者がイエスの行動を見張っていたのである。
「あの野郎、治療しやがったらその場でしょっぴいてやる」
もし治療行為をすれば、安息日に仕事を行ったことになる。
そうすれば「違法行為を行ったとしてイエスを訴えることができる」、とまあそういうことである。
イエスは彼らの考えを見抜きつつも、障害のある人に治療を施した。
そして問うた。
「聞いてくれ、皆のもの!」
「安息日に善を行うのと行わないのとでは、どちらが良いのか。人の命を救うことと殺すことでは、どちらが良いのだ。」
筆者「別に『治療をしない=人を殺す』にはならない気がするが…ボソッ」
……説得力バチバチ。
完全論破である。
イエス
「善を行うことと、悪を行うこと――どちらが正しいか?」
「人の命を救うことと、殺すこと――どちらが神に近いか?」
ファリサイ派「ぐ、ぐむぅ(クッソオォォォォ、口の立つ野郎だぜ)」
しかしファリサイ派、ここで折れない。
逆ギレ気味に思考停止。
それどころか、神を汚し、人々を惑わすものとして、イエスはさらに激しく憎まれるようになっていった。
こうしてイエスは、真理を語る救世主としての名声を得る一方で、
ユダヤ教の保守勢力からは、超絶危険人物として要注意リストに登録されてしまうのだった。
イエスと激しく対立した"ファリサイ派"とは?
新約聖書には、やたらと出てくるユダヤ教の宗派たちがいる。
特にイエスと毎回バチバチやり合うのが、ファリサイ派だ。
とはいえ彼らは単なる“口うるさい敵”ではない。
背景には、それぞれの宗派が持つ思想や立場があった。
ユダヤ教には当時、以下の四大宗派が存在していた。
- ファリサイ派
- サドカイ派
- エッセネ派
- 熱心党(ゼーロータイ)
ファリサイ派
イエスを激しく糾弾するファリサイ派は実は職人や農民など、中産階級の信者が多く、民衆の中で活躍してきた派閥だった。
そのため、貧困層からの支持も高かったのである。
彼らは「律法を完璧に守る」ことに全力を注ぎ、その努力の方向性はもはや執念に近い。
信仰というよりライフスタイルであり、“生活のすべてが宗教”といっても差し支えない。
サドカイ派
一方、サドカイ派は祭司、貴族など裕福な人物が中心になっていたため、さらに権威的な傾向があったようだ。
ファリサイ派と並ぶ二大勢力だったが、律法の解釈などをめぐって対立していた。
彼らはファリサイ派と同じく律法を重んじていたが、採用する経典は限定的で、モーセ五書(トーラー)だけに絞っていた。
さらに、死者の復活や天使の存在など、非科学的な概念には興味を示さず、
「霊?復活?ファンタジーか何かか?」
とでも言いたげなスタンスである。
エッセネ派
エッセネ派は禁欲的生活の中に神の教えを見い出そうとしていた。
そのため一生独身を貫き、自給自足の生活を送っていたという…。
そのストイックさは尋常ではなく、煩悩を抑えるために自分の体を石で打つなどの行為すら見られた。
有名な宗教画『荒野の聖ヒエロニムス』に見られるようなシーンは、エッセネ派の精神を象徴している。
『荒野の聖ヒエロニムス』
伝説によると、シリアの砂漠で隠者として暮らし、厳しい禁欲的生活を送っていた聖ヒエロニムスは何度も強い熱情に襲われ、熱情(←つまり性欲)が鎮まるまで何度も胸を打ったと言われている。
彼もエッセネ派だったのかもしれない。
熱心党
熱心党は、信仰に熱いというより、ユダヤ教の「武闘派集団」であった。
ファリサイ派があまりに政治に無関心なので決別し、反ローマ帝国の武装蜂起を目指すようになる。
自分が血を流すことで神を目覚めさせるというような、現在のイスラム原理主義テロリストにも似ている面がある。
なお、イエスの処刑時に「イエス or バラバ、どちらを釈放するか」と問われ、民衆に選ばれたのがこの熱心党の指導者バラバだったという説がある。
そしてイエスの死後、キリスト教の誕生とともにユダヤ人の間では熱心党主導の「反ローマ」の気運が高まっていく。
そして66年~70年のユダヤ独立戦争となるのである。
総じて全員、信仰ガチすぎ問題
この4つの宗派に共通して言えるのは、彼らは「神の教え」を決して権力のためだけに利用していたわけではないということだ。
モーセの律法を何よりも重視し、完璧に忠実であろうとしたがために、自らを縛り、イエスとの激しい対立を生んでしまったのである。
イエスが「愛と赦し」「律法より心の在り方」を説いたことは、彼らにとって信仰の根幹を揺るがす挑戦であった。
そして、歴史は動き始める──。
「旧約聖書」の預言どおりにエルサレムへ出立
そもそも、イエスもユダヤ人として生まれている。
そしてイエスは弟子たちにこんな話をしている。
「人々は私のことを何者だと言っているか?」
すると弟子たちは答えた。
「洗礼者ヨハネだという人もいますし、預言者エレミヤだ、預言者エリヤだ、また預言者のひとりだという人もいます」
なるほど、人気者である。
が、イエスはここで核心を突く。
イエスは再度、弟子たちに問うた。
「あなた方は私のことを何者だというか?」
「あなたはメシア、神の子です」
答えたのは弟子のペトロだった。
イエスはこの言葉を受け、自身の正体がメシア(=救世主のこと)であることを打ち明け、ペトロに他言しないよう念を押してから、まもなく自分はエルサレムへ行き、そこで罪を着せられ殺されるが、三日目に復活することを予言する。
これが「受難予告」である。
- 自分の正体は救世主
- まもなくエルサレムへ行く
- 罪を着せられ殺される
- しかし三日目に復活する
ペトロにトンデモナイ告白をしてから、イエスは自分の救世主としての役目を果たすべく、エルサレムへ向かった。
エルサレムに近づくとイエスは、弟子に命じてロバを近くの村から連れてこさせた。
旧約聖書の預言どおり、ロバに乗ってエルサレムへ入城するためだった。
──なんと、預言どおりにやる律儀さ。
こうしてイエスは、ロバにまたがりながらエルサレムに堂々入城。さながら預言再現ショーの開幕である。
さて次回は、あの有名な「最後の晩餐」でイエスと弟子たちが何を語ったのかに迫ってみよう。
さて、本記事では、ユダヤ人の聖典である「旧約聖書」の続編――その名も新約聖書についてなるべく噛み砕いて解説していく。 [show_more more=続きを読む less=折りたたむ color=#0066cc list=»][…]
お楽しみに。