ベジタリアンという言葉は、もはや日常会話にも紛れ込むほど一般的である。
しかし「ビーガン」となると、聞いたことはあっても正確に理解している人は意外と少ないのではないか。
わたしが初めてその存在を認識したのは、数年前にスロヴェニア人の友人と京都で食事したときである。
彼は開口一番こう言った。
「おれ、ビーガンだから行ける店が限られているんだぁ」
その瞬間、わたしの脳内に浮かんだのはなぜかビリー・ミリガンであった。完全に方向を誤っている。
その後もビーガンの友人が来日するたびに、彼らは口を揃えて嘆く。
「日本にはビーガンレストランが少なすぎる」
なるほど、食文化の違いはこういうところで顕在化するのである。
では本題に入ろう。
菜食主義者と完全菜食主義者の違い
ベジタリアンとは、基本的に肉や魚を食べない人を指す。
ただし乳製品は摂取することが多い。つまり、チーズ入りのサンドイッチやヨーグルトは問題なく食べるのである。
一方ビーガンはどうか。彼らは動物由来のものを一切口にしない。
肉も魚も当然ながら、牛乳、バター、チーズ、さらには蜂蜜に至るまで避ける徹底ぶりである。
たとえばベジタリアンはレタスとトマトとチーズのサンドイッチを頬張る。しかしビーガンはチーズの時点でアウトである。
ベジタリアンは朝食にヨーグルトを食べる。しかしビーガンはそれを見つめるだけで終わる。
ベジタリアンはバターロールを選ぶ。しかしビーガンはそもそも「バター」という単語に警戒する。
この違いはなかなかにストイックである。もはや食の禁欲主義と言っても過言ではない。
わたしの友人にもビーガンが数名いるが、食事に行くときはマジで困る。
- 焼肉→当然無理。
- ラーメン→当然無理。
- 中華→当然無理。
- パン屋→当然無理。
- 定食屋→当然無理。
- イタリアン→ギリ行ける
なので旅行先でご当地グルメを食べる際も、そのお店に電話して
「そちらにビーガン用のメニューってありますか?」
と訊き、(まあ99%無いので)その時は友人が
「あ、わたしはコンビニで食べれるもの探すから大丈夫よ。行ってきて」
と言ってくれる。
また、旅行先はともかく普段の食事なら「ビーガンレストランに行けばいいか」とも思うのだが、ビーガン料理は信じられないほど高い。
ささやかなビーガンプレートが一皿2,500円からって具合だ。
さて、日本にビーガン文化はないのかといえば、実はそんなことはない。
古来より存在する「精進料理」がまさにそれである。
精進料理はビーガン食
精進料理とは、仏教の修行僧が食べる食事であり、肉や魚はもちろん、動物性の食材を使わない。
つまり完全なるビーガン食である。(※諸説あり)
わたしはかつて仏教系の高校に通っており、半ば強制的に寺へ連れて行かれ、1泊2日の修行体験をさせられたことがある。正直、精神修行はそれほど楽しいものではなかった。
しかし唯一の救いが精進料理であった。
これが驚くほど美味いのである。
あまりの美味しさに、「これなら肉いらないのではないか」と一瞬本気で思ったほどである。もっとも、下山した瞬間にその決意は崩れ去ったが。
とはいえ、精進料理の完成度は非常に高い。ビーガンの友人と食事に行く際には、むしろ最適解のひとつと言えるだろう。
結論として、ベジタリアンは菜食主義者、ビーガンは完全菜食主義者である。
そして何より重要なのは、ビーガンの友人と食事に行くとき、店選びを甘く見てはいけないということである。
下調べを怠ると、わたしのように「ビリー・ミリガンしか思い浮かばない人間」から一歩も成長できないので注意されたい。