ギリシャ建築に影響を与えた古代エジプトの建築物【5/6】

こちらは西洋建築の古代エジプト建築を理解するために必要な、ギリシア建築に影響与えた古代エジプト建築の実例を解説している記事です。

ハトシェプストって、古代エジプト唯一の女性ファラオやっけ?

はい、そうです!(こいつエジプト歴史学者か)

【エジプト建築】はギリシャ建築のルーツだった!?

この章の特に重要な点を挙げると以下の2点になります↓

この記事のPOINT

➀ハトシェプスト女王葬祭殿

②他の神殿群とギリシャ建築との関連性

それぞれ解説します。

➀ハトシェプスト女王葬祭殿

ハトシェプストとは、古代エジプト唯一の女性ファラオの名前です。

このハトシェプスト女王を祭る神殿がハトシェプスト女王葬祭殿ということです↓

ピラミッド以降の神殿建築をみてみると、テーベのディール・アル=バハリーにあるメンチゥヘテプ2世葬祭殿(紀元前2045-前2020年頃)、ハトシェプスト女王葬祭殿(紀元前1490-前1468年頃)では、列柱とテラスを組み合わせた構成が特徴となっています。

このうち、ハトシェプスト女王葬祭殿↓は、軸線的構成がより明瞭で、テラスも3段となっており、より壮大な構想がうかがえます。

(ここから怒涛のギリシャ建築に繋がってくる感が増してきます。)

(↓以下の説明は画像を見ながらお読みください)

ハトシェプスト女王葬祭殿は、列柱廊が前面でその上のテラスを支え、その中央に斜路が設けられて、上段のテラスへ至るという構成で、2段目のテラスを上ると、前面が4列の列柱廊となっており、その奥に3段目のテラスが設けられており、それに続いて聖所が作られています。

ここでの柱は、断面が十六角形または三十二角形をして柱頭の装飾をもたない形態をとっています。

紀元前2600年頃に建てられたサッカラの階段状ピラミッド複合体に使われている柱にはパピルスの柱頭装飾があったのに・・・

それから1200年経ったハトシェプスト女王葬祭殿に使われている柱にはなぜ柱頭装飾が無いのか。

不思議です(´・ω・`)

しかし、列柱で囲まれた神殿という形式はギリシャ建築でも参考にしたのでしょうね。

ではもう少しギリシャ建築との繋がりを確認できるルクソール神殿やアモン神殿の解説に移りましょう。

ハトシェプスト女王葬祭殿は「列柱で囲まれた神殿」である!

②他の神殿群の軸線の強調

ハトシェプスト女王葬祭殿に続く重要な神殿に、カルナックのアモン大神殿↓が挙げられます↓

第十八王朝(紀元前1567-前1320年頃)から古代ローマ時代まで建造が行われ、スフィンクス像をならべた参道から、塔門(ピュロン)を通ると列柱廊の囲む中庭、柱を林立させた多柱室が並んでいます↓

(情報を詰め込み過ぎて見にくいです。すみません)

このように軸線に沿って建物を配置する構成はルクソールの神殿や、

カルナックのアモン神殿の神域に建てられたコンス神殿(紀元前1166-前1004年頃)にもみられます。

コンス神殿では、スフィンクスの参道から塔門をへて、前庭、多柱室、聖舟室(舟は太陽神がのって毎日天空を渡ることの象徴)、至聖所が軸線に沿って整然と設けられていました。

実はこの「軸線」という概念は、バロック建築の勉強でも重要になってきます。

こうした円柱は柱頭にパピルスの蕾や花↓、あるいはナツメヤシの葉などをあしらい柱身には線刻が施され太い梁を支持していました。

古代エジプト建築の「列柱廊」と「柱頭装飾」という概念は特にギリシア建築でも強く見受けられます。

では最後に、古代エジプト建築のオベリスクについてお話したいと思います。

【古代エジプト建築】オベリスクとヨーロッパへの伝播【6/6】

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