【古代メソポタミア建築】ペルシア帝国が残した優れた建築遺構【5/5】

こちらは西洋建築の古代メソポタミア建築を理解するために必要な、ペルシア帝国とその建築遺構を解説している記事です。

ペルシア帝国ってあの、アケメネス朝ペルシアのことか?

はい、そうです!(こいつ詳しいな)

ペルシア帝国が残した優れた建築遺構

この章の特に重要な点を挙げると以下の2点になります↓

この記事のPOINT

➀ペルシア帝国とは

②ペルセポリスの宮殿

それぞれ解説します。

➀ペルシア帝国とは

メソポタミアの東に位置するイラン高原(↓図中黄色)も、メソポタミア同様古い建築伝統をもった地域です。

(イラクの東側の国ですね)

特に、紀元前6世紀後半にメソポタミアから小アジア、さらにエジプトまで(いわゆる古代オリエント地域)を統一したペルシア帝国(アケメネス朝ペルシア 紀元前550-前330)は、優れた建築遺構を残しています。

↑オリエント世界を征服したアケメネス朝ペルシアの勉強のお時間です。

アケメネス朝ペルシア最強!

②ペルセポリスの宮殿

そのアケメネス朝ペルシア(ペルシア帝国)の優れた建築遺構が残っているのが、主に紀元前520年頃から前460年頃にかけて造営された帝都ペルセポリスの宮殿です↓

(ペルセポリス…お、なんか聞いたことある!)

ペルセポリスの宮殿の全体像↓

宮殿全体は西側約428m、南側約300m、高さが最高で12mの基壇の上に建てられています↓

北西側には大階段が設けられており、続いて「万国の門」、謁見の間である「アパダーナ」、「百柱の間」などが配置されています。

(大階段↓)

(万国の門↓)

(アパダーナ↓)

(百柱の間↓)

最も重要とみられる建物はアパダーナで、中央広間(方形で一辺約59m)の三方に列柱廊が付き、広間に立つ円柱は高さが18メートルを超え、頂部には牡牛を背中合わせにした3mほどもある柱頭が載せられていました↓

柱頭(キャピタル)

柱頭とは、柱の頂部に載せられる装飾のこと。

以下、ギリシャ建築編より↓

ギリシャ建築 オーダー

この宮殿は王の住居というより、帝国の象徴で儀式の場であり、帝国各地域の技術と美術を建築的に統合したモニュメントととることができます。

ペルシア帝国の建築はギリシャ建築よりも後

しかしここで、

「ギリシャ建築はペルシア帝国の建築も参考にしているんだなー」

とは思わないでください。

なぜならペルシア帝国が建築遺構を残している紀元前520-前460年というのは、がっつりギリシャ建築が完成している時代だからです。

一応古代オリエント建築の一つとして、古代メソポタミア建築の中に含めて説明はしていますが、このペルシア帝国の時代には既にギリシャ建築が完成しています。

それだけは忘れないようにしましょう。

ペルシア帝国の帝都ペルセポリスには優れた建築遺構が残っているが、歴史的にはギリシャ建築より遅い!

西洋建築 基礎

「古代メソポタミア建築」はこれで終わりなので、続いて古代エジプト建築についてみていきましょう↓

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