別れの時

と言われれば押していたかもしれない↓
でもさすがにダチョウ俱楽部のノリがわかるとは思えない、と思いながらこの写真を撮った。

遂にその時がやってきた。
一度宿に荷物を取りに帰り、再び水上バス駅に向かう。
別れまであと少し、彼女が急にこんなことを聞いてきた。

What do you say in Japanese, “Today is the best day” ?
I wanna say it.
それを聞いた瞬間、本当に嬉しかった。
この2日間、恐らく俺ら2人が共有していた瞬間はNinaにとってもかけがえのないものだったんだろう。
そしてNinaがある一つのスロヴェニア語の文を教えてくれた。
Danes je zelo lep dan.
(ダーネス ヤ ゼロ リップ ダン)
そう、もちろん直訳するとToday is really nice day.(最高の日だ)という意味。
という事でおれも負けずに、
Saikou no Hi da.(最高の日だ)
という、使用頻度は少なそうだが気持ちはとても伝わるシンプルなこのフレーズを教えることにした。
最高の日だ。
まさに今日この時に言うべき文だと実感した。
最高の日だった。
そして最後に、
Ninaが唯一知っていた日本語がこれだ↓
ワタシ ワ バカデス
いったい誰が教えたのか、なぜこれをチョイスしたのか、どうやって彼女はずっとこれを記憶できていたのか・・・謎だ。
(水上バス駅前の駐車場にて)
↑水上バス乗り場
最後の写真を撮り、もうお別れかというその時。
彼女のハイリスク・ローリターン精神が再び燃え始める。

ボートが到着するまであと五分くらいあるわ!
もう少し散歩して自分の納得できる角度からハルシュタットの町を撮影したい
そう、カメラが好きというのも我々の共通点である。
カメラ好きなら当然わかるだろう。
あそこから撮りたいと思える場所があればある程度ボートが近づいていようがその場所が少々遠かろうが行くしかないというマインドセット。

そして2人で走って撮影スポットに行く。
その時に撮った写真がこれだ↓
おわかりだろうか?
こんな写真撮っている場合では無い。
完全にそんな場合ではない。
写真左側に見えている本日最終便のあのボートに乗り遅れるとまたトム・クルーズごっこをしなければならない。
確かに良い角度ではあるが、断じてそんな悠長にカメラを構えている場合ではないぞ、NINA!!
ボート乗り場へ急いで帰る。走る、走る、そして走る。
ん、ニーナの荷物?

もちろんぼくが持ちました。
何のために厳しいトレーニングを欠かさずに行ってきたと思ってんだ!!!!
陽はだいぶ西に傾いてきており、山々を金色に染める。
もう最終便が出る時間だ。
ボートに乗る少し前までお互い見つめ合い「あなた素敵だったわ」「またいつかこの場所で」的な"Before Sunrise"のワンシーンのような言葉を交わし合う。
お互いに強くハグし合った後、Ninaはそのままボートに乗った。
そう、外国人にとってハグは至って普通だ。
これは、その後も何度も経験する。
チークキスですら、友人同士で当たり前にする。
ボートが出発しお互いの姿が目視できない位の距離になるまで手をずっと振り続けてくれた彼女

一石三鳥のプランティングシステム
帰り道、ある家に目が止まった。
↑これは雑草伸びっぱなしの汚い家ということではない。
むしろその逆、とても便利でおれも将来の家はこうしたいと思える代物である。
ヨーロッパには多いのだが、このように木を家の壁面に沿わせて育てることで↓
➀夏は木が直射日光を遮って涼しい
②冬は寒風を防いでくれて暖かい
③更に虫が嫌がるハーブということで蚊などの昆虫も近寄らない
という一石三鳥のメリットしかない環境保全的ガーデニング思想の最終形がこれである。

置き土産
Ninaと別れてから心が空っぽなまま2日間を過ごし、おれ自身もハルシュタットを去る時がとうとうやってきた。
パッキングを済まし、ガラスの丸テーブルの上に置いてあるパンフレットや地図などを手にした時に一片の書き置きを発見した。
どうやらNinaが最後に部屋を出る前に書き残したもので、わざとすぐに発見できないようにパンフレットの間に挟んでいたようだ。

HAVE A REALLY AWESOME TRAVEL, THANK YOU FOR LOVELY EVERYTHING. Regards, Nina. S.
(あなたも本当に素敵な旅をしてくださいね。全ての素晴らしかった出来事に感謝しています。ニーナより)
この2日間、おれはあるニーナの癖をネタにし常に二人で大笑いしていた。
それは何かというと、彼女は何か素晴らしい事があれば何でも"Lovely"と言うことだった。
無事に部屋に着いたらラブリー、朝食バイキングを見てラブリー、美味しかったらラブリー、美しい写真を見せたらラブリー・・・

彼女には癖になっていたらしく、こちらが指摘するまで気付いてすらいないようだった。
Ninaがラブリーと言うたびに笑うおれ、それを見て笑うNina。
この書き置きにLOVELYの文字があったのはそういう経緯もあったのだ。
帰国後
一ヵ月の旅を終えて日本に帰国後、色々な人に出会い友達になり笑い合ったことを思い返していた。
その中でも特に2つのことが頭から離れない↓
自給自足旅
Ninaと出会って感銘を受けたこと、それはいかに旅をするかということ。
・ホステルの12人部屋に泊まり、地元のレストランで夕食を食べ、夜はバーやクラブに行ってはっちゃける。
・テントで寝泊まりし、ご飯は地元のスーパーで食材を買って自分で調理、夜は誰もいない場所で孤独を楽しむ。
正直どちらも魅力的だと思う。
しかし言ってしまえば前者は誰にでもできることである。
俺も散々やってきたし、早い話お金さえあれば誰にでもできる。
帰国後すぐにテントを買い、寝袋を買い、バーナーを買い、コッフェルを買う。
しかもこれらは登山にも必要なものであるため一石二鳥。
もちろんテントとなれば様々なデメリットがある↓
荷物が重くなる
人通りの多い場所では張れない
荷物を置いて遠出できない
雨が降ったら面倒
など挙げだしたらキリがないほど、はっきり言って面倒くさい(笑)
警察に職質される事も多く、地元のヤンキーにビール瓶や石を投げつけられて寝れない夜も過ごした。
しかし、それでもテントの魅力はすごい!

恐らくNinaと出会わなければこういう気持ちにはならなかったと思う。
人と人との繋がり
日本に帰国後、もう一つあることを決心した。
スロヴェニア語を勉強しよう
と。
理由は簡単、Ninaとスロヴェニア語で会話するため。
まず日本に一種類しかないスロヴェニア語のテキストを買い↓
最低限の知識はラミネートし常に記憶しようと心がける↓

テキスト内の例題をエクセルで打ち出し定期的に復習する↓
そして極めつけがスロヴェニア語の童話を読むこと↓
(赤ずきんの話)
子供用だからと言ってなめてはいけない。
その他、言語交換サイトなどを通じて数人のスロヴェニア人とも出会いネット上でやり取りをする。
しかし適当に何でもかんでも訊くのは相手に対しても失礼。
なので予習・復習は欠かさない。
この翌年である2017年1月後半、およそ10ヶ月間のスロヴェニア語学習を経て彼女が待つスロヴェニアを訪れる。
ハンガリーの首都ブダペストからレンタカーを借りて一週間のスロヴェニア旅、目的地はもちろん首都リュブリャナとNinaが住むスロヴェニア第二の都市マリボル。

Ninaには会えなかったものの、スロヴェニア語学習の過程で知り合ったKristinaとMonika(以降モニ)とは会うことができた。
2人とも日本が大好きで今では定期的にメッセージをやり取りしている仲だ。
とりわけモニとは非常に仲が良く、2017年末から2018年始にかけてカタール航空のモニターとしてヨーロッパに行った際にモニにも連絡をした。
イタリアに行くと言ったところ、わざわざ夜行バスでスロヴェニアからイタリアのミラノまで来てくれて3日間エアビーで予約した家に一緒に泊まって観光をするという、まさに人が人を紡ぐインフレスパイラル。
(↑モニとミラノにて 将来的に2人で一定期間旅をする予定(コロナで不明))
(↑クリスティーナが経営する美容サロンにて ただで30分のマッサージをしてもらい、その後彼女の実家でご馳走になり泊めてもらった。お母さんにはお土産にワインまでもらった)
Ninaを出発点とし、大勢の素敵な生涯の友人と出会うことができた。

出会う人全員と上手く交友関係を保てるかは正直わからないが、文化も言語も国籍も何もかも違う2人が出会うとそこには必ずストーリーが生まれる。
外国に出ると確実に自分の中の世界観は広がり、日本という一億二千万人しかいないこの小さな島国から一生出ない、などという奇妙なプライドがいかに惨めでもったいない事かを再確認させてくれる。
おわりに
今回は僕にも似合わず小説風の構成になってしまいました。
まあ数多くある記事の中でいくつかはこんな感じで書くのも良いかなと思いました。
正直「うわーおれナルシストみたいやな」とか「これ、絶対最後まで読む人おらんやろな」など考え始めたらキリがありませんが、ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございました。
ハルシュタットを出て、次の目的地ザルツブルグに向かいました↓
RYOです(''◇'')ゞ3度目のヨーロッパ、2度目の独り旅(2016年)の復習として、オーストリアの塩の町『ザルツブルグ』での滞在を要約して思い出の出来事をつらつら綴りました。筆者あ~2度目の独り旅か~。今回も[…]