ビザンティン建築の伝播【6/7】

こちらは西洋建築のビザンティン建築を理解するために必要な、ビザンティン建築の伝播を解説している記事です。

ビザンティン建築ってビザンツ建築とも言いますよね

はい、そうです!(やべ、言うん忘れてたわ)

ビザンティン建築の伝播

この章の特に重要な点を挙げると以下の2点になります↓

この記事のPOINT

➀ギリシャ十字とラテン十字

②サン・マルコ大聖堂

それぞれ解説します。

➀ギリシャ十字とラテン十字

» 以下、「西洋建築様式史」より抜粋↓

ユスティニアヌス帝によるビザンティン前期の教会堂に続いて、9世紀のバシレイオス1世によるギリシア十字形プランの新しいタイプの教会堂が建てられる時代がやってきます。

中央のドームを支えるためにギリシア十字の腕の部分にもドームを架けて合理的に構造処理するものです。

» 折りたたむ

え、ギリシア十字?(゜-゜)

と思った方、大丈夫!

説明します。

ギリシア十字とは難しく考えずに、四辺が同じ長さの十字と思ってください↓

↑僕らが良く知る「十字架」の形はラテン十字と呼ばれます。

このタイプのビザンティン建築の代表例が、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂なんです↓

②サン・マルコ大聖堂

» 参考書の説明

ヴェネツィアのある商人がアレキサンドリアから盗んできた聖マルコの遺体を奉納するために、832年に建設された教会堂の基礎と壁体の一部を再利用して建てたもので、ユスティニアヌス帝がコンスタンティノープルに建てさせた聖使徒教会堂を原型として、ギリシアの建築家が設計したと言われている。

» 折りたたむ

ではまず初めに、このサン・マルコ大聖堂の平面形式を 確認しましょう↓

こんな感じです。ギリシア十字は見つかりましたか?

著者の説明はもう少し続きます↓

ギリシア十字形のプランのそれぞれの正方形柱間に直径13m、高さ30mの大ドームを5個架けたもので、アヤ・ソフィアのような流れるような空間性はもはや追及されていない。

らしいのです。

わからない人は下の画像をみてください↓

↑ギリシア十字形プランと大ドームを記しています。

アヤ・ソフィアのような流れるような空間性はもはや追及されていない

流れるような空間性・・・流れるような・・・?

教養のないぼくにはあまり理解できませんでしたが、まあアヤ・ソフィアはそれだけスゴイってことですね(適当

ロマネスク建築

(↑アヤ・ソフィア再び)

以上の9世紀から12世紀のビザンティン中期の時代が過ぎると、東ローマ帝国はイスラムの侵略と十字軍の海上封鎖によって衰退し、そして1451年のトルコ人によるコンスタンティノープル陥落でついに滅亡します。

しかし、ギリシア正教はロシアに広まり、ロシアを本拠地として後期ビザンティンの教会堂が開花することになります。

サン・マルコ大聖堂はビザンティン建築の代表例、見る価値あり!

では最後に、シャルルマーニュとカロリング朝建築についてお話したいと思います↓

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