【超わかりやすい】子供でもわかる『中東戦争』のすべて!!!

RYOです

今回は名前からしてとっつきにくい「中東戦争」についてなるべく簡単にまとめました。

ある程度の基礎知識は無いと理解しにくいんですが、なるべく知識0の人でもわかるように解説していますので、是非最後までご覧ください。

最近、あっちゃんの中東戦争の動画観て「お、俺の記事の補足になるやん(笑)」って思ったので、より理解度を深めるためにそれも載せときますね。

この記事読み終わってからでも、まあ観てやってください(←え、何様?(゚Д゚;))

まあぼく的にはこの記事の方が深く中東戦争について解説しているとは思いますが、あっちゃんも別の視点で解説しているので面白いと思いました(^◇^)

ヨーロッパ ブログ
筆者
読み終わった頃には、現在のイスラエルとアラブ諸国の争いの原因を理解できていると思います!

中東戦争とは

中東戦争とはザックリ言うと

アラブ諸国とイスラエルの領土&利権争い

と言えます。

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筆者
おっと、いきなり難しいじゃん・・・

と思った方、大丈夫です、これからわかりやすく説明します!

まずは↓の地図をご覧ください。

↑の地図では青色がアラブ諸国オレンジ色がイスラエルを表しています。

ヨーロッパ ブログ
筆者

は!!!??

オレンジ(イスラエル)絶体絶命じゃん!!!!

パッと見ただけでもどれくらいイスラエルがヤバい状況かわかりますよね、イスラエルは地理的には孤立無援状態なんです。

では一体何を求めてイスラエルとアラブ諸国は争っているのでしょうか?

その答えが、「聞いたことあるけど詳しくは説明できないワードNo.1」のパレスチナです。

※一言で「パレスチナ」と言っても、「国家としてのパレスチナ国」と「地域の名称であるパレスチナ」があるので混乱しないようにしましょう。

重要なのは地域の名称であるパレスチナの方なので、そのつもりで読み進めてください。

パレスチナという地域は彼らの信仰する宗教にとって非常に重要な場所で、

パレスチナはアラブ人のものなのか、それともユダヤ人のものなのか

を4度にわたって争ったのが中東戦争です。

簡単な図式で表すとこうなります↓

中東戦争=パレスチナの領有権争い=イスラエル VS アラブ諸国=ユダヤ教 VS イスラム教

では次に、なぜパレスチナがそれほどまでに重要なのかを説明します。

パレスチナとは

↑パレスチナとは上図の赤色の範囲を示す地域の名称で、パレスチナ地域の一都市としてエルサレムがあります。

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筆者
かなりザックリ言えば、パレスチナとエルサレムの関係は「県と県庁所在地」みたいな感じです

もう少し大きな地図で見てみましょう↓

そしてこのエルサレムは、ユダヤ教&キリスト教&イスラム教の3宗教共通の聖地になっています。

ザックリ言うとこうです↓

エルサレム=ユダヤ教&キリスト教&イスラム教の聖地=みんなが自分のものにしたい=争いの種

興味があれば先にどうぞ↓(別タブで開きます)

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宗教 勉強

つまり、パレスチナ地域を自国の領土として主張しているイスラエル(ユダヤ教国家)が、他のアラブ諸国(イスラム教国家)からの反感を買っているという構図なんです。

パレスチナを制する者はエルサレムを制する

という事で自分たちの宗教の聖地が絡んでいるのでそう簡単には解決しません。

「またわからなくなりました・・・(・ω・)ノ」

という方も多いと思いますが、もう少し頑張ってついてきてください!

中東戦争の登場人物

さて、ではここから少し難しい話に入りたいのですが、わかりやすく説明するために先に中東戦争の登場人物2名を紹介します↓

それが

1. ユダヤ人

2. アラブ人

です、先ほども出てきましたね。

大雑把に言うと、ユダヤ人が信仰しているのがユダヤ教で、アラブ人が信仰しているのがイスラム教です。

イスラエル VS アラブ諸国=ユダヤ教 VS イスラム教

中東地域は基本的に アラブ人が多いので、イスラム教国家が多いと言えます↓

(↑青がイスラム教国家、黄色がユダヤ教国家)

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筆者
実際にはイスラム教国家の中にも、キリスト教を信仰している国民が多い国家もありますが、基本的にはアラブ人国家=イスラム教国家として考えてください

ここまでは先ほどの復習も兼ねた内容ですが、重要なので繰り返しました。

ではそろそろ次のステップに移ります↓

帰ってきたユダヤ人

いきなり超重要なことを言いますが、アラブ人とユダヤ人が領有権を争っているパレスチナ地域は・・・

元々はユダヤ人の土地です!!!

ずっとずーーーっと前の話になりますが、確かにユダヤ人の土地だったんです!!!!

ユダヤ教の歴史はかなり古く、キリスト教よりもイスラム教よりもはるか昔から信仰されていた宗教なのです。

そのユダヤ教の聖典タナハによると、紀元前1,700年にユダヤ人の最初の預言者アブラハムが神から「パレスチナは永遠にお前たちに与えよう」と言われたのです。

※厳密にはパレスチナでは無く旧名の「カナン」の地のことで、この話はユダヤ教の聖典に載っており、キリスト教徒もイスラム教徒も存在自体は認めています。

そして紀元前1,000年にはここにイスラエル王国(≒ヘブライ王国)があり、ユダヤ人が実際に王国を築いていました。

しかし時は経ち、ユダヤ人はヨーロッパを支配していたローマ帝国に弾圧され、西暦132年にパレスチナから追い出され世界に散り散りになりました(=ディアスポラ)

ヨーロッパ ブログ
筆者
神の子であるイエスを裏切った者の子孫としてキリスト教徒はユダヤ人を憎み、ユダヤ人はおよそ1,000年に渡って世界中で迫害を受けてきたんですよね

ユダヤ人の迫害の歴史はこちらを参考にして下さい↓(別タブで開きます)

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ユダヤ人 虐殺

迫害を受けるユダヤ人が一様に考えることはただ一つ↓

ユダヤ人
自分たちの国が無いからこんなことになるんだ・・・(泣)

ということでした。

第二次世界大戦後、ユダヤ人は3,700年前に神から与えられた土地「パレスチナ」に続々と集まり、ついに1948年にユダヤ人国家「イスラエル」を建国しました。

パレスチナ分割

中東戦争 イスラエル アラブ

『パレスチナは元々はユダヤ人が神から与えられた土地』と言いましたが、それは3,700年前の話です。

ローマ帝国にパレスチナの地から追い出された西暦132年のディアスポラ以来と考えても1,800年前の話。

もちろん、その1,800年の間にも様々な人種・民族がパレスチナに出たり入ったりしていました。

第二次世界大戦後にユダヤ人が続々とパレスチナに帰り、国家を建設すると言っても、既にパレスチナに住んでいたアラブ人が納得できないのは当然です↓


ユダヤ人

あー長い長い迫害の歴史にようやく終止符を打てるぜ~。

大昔に我らの先祖、アブラハム様が神から頂いた地パレスチナに帰ってきたぜ

アラブ人

あんだお前ら?

ここは俺らアラブ人がずっと住み続けてる土地なんだぜ?

ユダヤ人

お前らイスラム教なら、タナハに載ってる内容知ってるよな?

パレスチナは誰のもんだ?

我々ユダヤ人のものだろうがよおぉぉ

アラブ人

それは今から3,700年以上前の話だろうがよお?

そんな大昔の話なんざ、現代では通用しねーんだよおぉぉぉぉ


という感じです(あくまでイメージです)

ここまで読んでどう思いましたか?

男性 アイコン
世間

ちょっとユダヤ人勝手すぎるやろ、ったく!

ずっと昔には自分らの先祖の土地やったと言っても、急に戦後(1948年)にそこに自分らの国家を建設するなんて自己中心的過ぎる!!!

と思いましたか?

しかし、ユダヤ人は単に「パレスチナは数千年前に、俺らが神からもらった土地なんだぜ?」と無茶な領有権を主張したわけでもないのです。

では、次のステップです。

この両者の争いの原因を作ったのがイギリスでした。

イギリスの矛盾外交

ユダヤ人 歴史 迫害

さて(時系列が少し前後して申し訳ありませんが)第一次世界大戦中、中東地域を牛耳っていたオスマン帝国を倒すためにイギリスは、

「オスマン帝国に支配されているアラブ人

「迫害されているけどお金持ちのユダヤ人

の両者に、別々にある交換条件を持ち掛けました。

※なぜユダヤ人がお金持ちだったのかは先ほど紹介した記事(【ユダヤ人迫害の歴史】なぜユダヤ人は世界中で標的にされたのか?)に書いてありますが、早い話、金融業を営んでいたからです。

ではイギリスの三枚舌外交の中身を軽く見てみましょう。

まず登場人物は「ユダヤ人・アラブ人・フランス・イギリス」の4者で時は第一次世界大戦中です。

第一次世界大戦の強国と言えばイギリスで、そのイギリスは現在の中東~トルコ辺りを支配していたオスマン帝国打倒を夢見ており、ユダヤ人・アラブ人・フランス人の3者とそれぞれ矛盾する約束を交わします。

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筆者
かのパレスチナ(=イスラエル)もオスマン帝国領でした!!!
国旗で知る世界の国々 イギリス
イギリス

ムフフ、舌先三寸とはまさにこのこと

戦後にユダヤ人とアラブ人がどうモメようが知ったことか!!!

ユダヤ人には

ディアスポラ以来、自分たちの国をもたないが故に迫害されていたユダヤ人の心情を逆手に

いやーユダヤ人さん、もし戦争資金を援助してくれたら第一次世界大戦後にはパレスチナの地にユダヤ人の国家を建設しますよ!

元はあなた達の土地ですもんねーーー

だからお金ちょうだい。ね?ね、ね、ね?

→ユダヤ人からの金銭援助狙い(バルフォア宣言)

アラブ人には

自分たちの国がオスマン帝国の支配を受け不満が溜まっていたアラブ人の心情を逆手に

いやーアラブ人さん大変ですね。

今はオスマン帝国領になってますけど、本当は自分たちの国が欲しいでしょう?

こんなオスマンなんかに任せてていいんすか?

もし内紛を起こしてくれたら、オスマン打倒後にはパレスチナに自分たちの国を作っていいですよ。

だから内紛起こして。ね?ね、ね、ね?

→アラブ人の反乱狙い(フセイン=マクマホン協定)

この時点で既に矛盾しているのがわかりましたか?

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筆者
もし戦後に、アラブ人とユダヤ人が約束通りパレスチナの領有権を主張したらどうなるでしょうか…

フランスには(当時は同盟国)

しかもイギリスは同盟国のフランスに対しても

おれらが第一次世界大戦で勝ったら領地は山分けっしょ!当然

→同盟国としての協力/援軍狙い(サイクス=ピコ協定)


結果、オスマン帝国は1922年に滅亡し、第一次世界大戦後はイギリスがパレスチナを統治しました。

つまりアラブ人もユダヤ人もパレスチナに自分たちの国家を建設したがっていたので、それをエサにイギリスにまんまと協力させられたわけなんです。

これによりアラブ人とユダヤ人の深刻な殺戮劇場の幕が上がりました。

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筆者

お互いが「パレスチナは自分たちの土地だ!」と思っているからです

どちらも本当にイギリスと正式な契約を交わしているんですからね

これが「パレスチナはユダヤ人のものか、アラブ人のものか」という問題の発端になりました。

分割賛成のユダヤ人と分割反対のアラブ人

ウッズショック 迷子

アラブ人とユダヤ人を上手くだまして、オスマン帝国を解体させたイギリスでしたが、第一次世界大戦が終わってすぐ、再び第二次世界大戦が始まりイギリスはヘトヘトになってしまいました↓

(イギリスの矛盾外交のせいで)ユダヤ人とアラブ人がパレスチナの領有権を争う中、パレスチナにいるイギリス人が次々に殺害されるようになりました

国旗で知る世界の国々 イギリス
イギリス
もうあんな危なっかしいパレスチナなんかに関わってられねーよ

そこでパレスチナでのユダヤ人ーアラブ人間の問題を、出来立てほやほやの国際連合(国連)に丸投げしました。

国連「じゃあ我々が一度調査団として調査してくるので、その調査結果をもとにパレスチナをどう分割するのが最適か決めますね(*´ω`*)」

これに対しユダヤ人とアラブ人では正反対の反応をしました↓

ユダヤ人
分割か、まあしゃーないっしょ。調査団を歓迎します
アラブ人
は、何で分割前提の話になってんの?調査団は帰れ

という事で、国連の調査団にお供したのはほとんどがユダヤ人でした。

これによりパレスチナ分割はユダヤ人に有利に進み、ユダヤ人は調査団に提案し、ネゲブ砂漠という一見何もないただの砂漠を獲得しました↓

しかし、後にこのネゲブ砂漠の下にはウラン(核兵器の材料)が大量に埋蔵されているということがはっきりします。

キューバ 歴史
筆者
ユダヤ人はそれを知っていてネゲブ砂漠の所有を強く望んだんですね!
ここからイスラエルは核兵器製造を始めました。

パレスチナ地域がどう分割されたのかは次項で説明します↓

パレスチナ分割決議案

当時のパレスチナ分割決議案は以下のようになりました↓

(↑赤い領地がユダヤ人、黄色の領地がアラブ人)

ユダヤ人の人口はアラブ人に比べて半分なのに、土地はアラブ人よりわずかに広く獲得することができました↓

POINT

パレスチナに住むユダヤ人の人口は全体の33%ですが、土地面積はパレスチナ地域全体の56%を獲得しました。

逆に、パレスチナに住むアラブ人の人口は全体の67%を占めますが、獲得したパレスチナ地域の土地面積は全体の44%でした。

そして最も大事なエルサレムはどうなったのか。

エルサレムをどちらの側のものと決めてしまうと宗教上の激しい対立が予想されるので『国際管理都市』として国連が管理する事になりました。

ここまでのまとめ

ではここまでのまとめを簡単に書いていきたいと思います。

» ここまでの流れをある程度理解できているか確認してください↓

紀元前1,700年

神「アブラハム、そなた達ユダヤ人にカナンの地(パレスチナ)を永遠に与えよう」

アブラハム「おお神よ!なんとありがたいお言葉。このご恩は一生忘れませぬ」

紀元前132年

ローマ帝国「てめえら(ユダヤ人)何回も懲りずに反乱起こしやがってえ!今度こそパレスチナから追放だあぁぁ!二度とこの地に帰ってくるなああああ(=ディアスポラ)」

ユダヤ人「ぐはあ。ついに我々ユダヤ人は父祖伝来の地(パレスチナ)を去らなければならいのか。無念・・・」

〜1948年

ユダヤ人

1,000年以上もの間、我々ユダヤ人はイエスを裏切った民族として(主にキリスト教に)迫害されてきた。

それもこれも、自分たちの国(ユダヤ教国家)が無いからこんなことになったんだ!!

念願かなってついに神から与えられた地(パレスチナ)に帰ってこれたし、ユダヤ教国家としてこの地にイスラエルという国を建国しよう

アラブ人

いや、長い間住んでたのおれたちだし。神がおまえらに与えたって言ったの3,700年前の話っしょ?笑

今実際に住んでんのは俺らアラブ人なんだよおぉぉぉぉ

イギリス「第一次世界大戦中の矛盾外交のせいで、最近パレスチナにいるイギリス人が次々に殺害されてるって?ヤバいな~もうパレスチナは最近できた国際連合に任せるわ」

国連「わかりました。調査団送ってなるべくアラブ人もユダヤ人も納得するようなパレスチナ分割案を提出しますので任せてください!」

ユダヤ人

パレスチナ分割?

まあ仕方ないか。歓迎しよう

アラブ人

は?なんで分割前提の話になってんの?

おれたち怒っちゃうよ?

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こうして、国連の調査団にはユダヤ人が主に同行したことで、アラブ人よりも有利な条件で分割を進めることができました。

イスラエル建国と第一次中東戦争~1948年~

1948年5月14日

遂にユダヤ人の悲願、ユダヤ人国家イスラエルを建国することができ、世界中で迫害を受けてきたユダヤ人が自分たちの国イスラエルに続々と戻ってきます。

しかし悲劇は建国翌日から始まります。

それが第一次中東戦争です。

ユダヤ人

やった!

遂に自分たちの国イスラエルを建国することができた!!

アラブ人
てめーら誰の許可を得て俺らの土地パレスチナに国家を建設したんだ?あぁ?

アラブ人側とはアラブ連盟加盟国の「シリア&レバノン&ヨルダン&イラク&エジプト」の事です↓

イスラエル建国の翌日に、アラブ連盟が一斉にイスラエルに侵攻します。

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筆者
イスラエルを取り囲む国々による一斉攻撃、恐ろしいですね

これをパレスチナ戦争(または第一次中東戦争)と言います。

イスラエル VS アラブ連盟加盟国

どっちが勝ったと思いますか・・・?

イスラエルの全面勝利!!

イスラエルが圧倒的に不利に思えたパレスチナ戦争ですが、結果としてイスラエルの全面的な勝利で終わり、イスラエルは事実上パレスチナを占拠し、国連から認められた土地より更に広い土地を獲得しました↓

元々パレスチナにいたアラブ系住人(=パレスチナ人)は難民となって近隣のヨルダン&レバノン&シリアなどに逃れました(=パレスチナ難民

パレスチナ人も、宗教はイスラム教で民族的にはアラブ人です

エルサレムはどちらの領地?

↑第一次中東戦争後、もうパレスチナのほとんどはイスラエルの領地になりました。

こうして↓写真左側のちっこい黄色の領地が「ガザ地区」、右側の広めの領地が「ヨルダン川西岸地区」と呼ばれ、この2カ所のみがアラブ人がまだギリギリ死守した領地になりました↓

もう少し大きな地図で見るとこうです↓

しかし最も大事なエルサレムは、第一次中東戦争の休戦協定によりアラブ人側が占領する東エルサレムとイスラエルが占領する西エルサレムに分けられ(分割統治されることに決まり)ました。

ここでもう一度エルサレムの場所を確認しましょう↓

実は3宗教の聖地は全て東エルサレム側にあるので、西エルサレムを占領するイスラエルはまだご立腹です。

筆者
我々が本当に望んでいること、それは東エルサレムの奪還である!!!!

第二次中東戦争~1956年~

第二次中東戦争は、エジプトのナセル大統領がスエズ運河国有化を宣言したことに端を発し、今まで便利なスエズ運河を通って貿易を行っていたイギリス・フランスが利権喪失を恐れ、イスラエルと共にエジプトを攻撃し、シナイ半島(下図の半島)を占領しました。

筆者

ったく!!

大国のエゴってやつぁ、たまんねえぜ

スエズ運河

では先にスエズ運河について解説します↓

スエズ運河とはエジプトのシナイ半島(↑)北西部にある運河で、ヨーロッパ諸国はアジア地域へ行くためにこのスエズ運河を通ります↓

↑こんな感じですね。

スエズ運河を通って近道できないなら、アフリカ大陸の南側を超遠回りして迂回しなければなりません↓

スエズ運河を通れなければ、イギリスやフランスにとっては致命的です↓

中東戦争

さらに拡大したのがこちらです↓


わかりましたね?

エジプトのナセル大統領は「このスエズ運河を国有化します」と宣言したので、今まで便利なスエズ運河を通って貿易を行っていたイギリス・フランスが利権喪失を恐れ、イスラエルと共にエジプトを攻撃し、シナイ半島↓を占領しました。

エジプトは戦争には負けましたが、国際世論がイギリス&フランスを厳しく非難し(それはわかる)、逆にナセル大統領がアラブ世界の英雄となりました(え?汗)

ヨーロッパ ブログ
筆者

アラブ世界の英雄?なんでそうなるん?汗

↓めっちゃ領地奪われてますけど・・・

恐らくは「大国イギリス・フランスに一矢報いたアラブ世界の英雄」というアラブ人からの賞賛という意味ですね。

第三次中東戦争~1967年~

第三次中東戦争、別名を六日戦争と言います。

その名の通り、6日で戦争が終わりました。

「エジプト・シリアがイスラエルを攻撃しようとしている」という情報を得て、攻撃こそ最大の防御と機先を制したイスラエルがアラブ諸国をたったの6日間で壊滅状態にし、決着。

とうとう最後の砦、「ガザ地区」と「ヨルダン川西岸地区」までイスラエルに占領されてしまいます。

第三次中東戦争前後です↓

こうです。

ヨーロッパ ブログ
筆者
いやはや恐ろしい軍事力ですね、イスラエル

この敗北を経て、エジプトのナセル大統領の権威は失墜し、間もなく死去します。

PLO(パレスチナ解放機構)設立

ここまで、イスラエルの圧倒的な軍事力に歯が立たなかったアラブ諸国でしたよね?しかし、

アラブ人
パレスチナをイスラエルから取り返したい!!!!

と、周辺の国々がPLO(パレスチナ解放機構)という組織を結成しました。

当初は平和的な組織だったのですが、『ヤセル・アラファト』が議長になってからPLOは戦闘的な組織に生まれ変わり、イスラエルに対し様々な軍事攻撃や爆弾テロを仕掛けるようになります↓

第四次中東戦争~1973年~

失脚し死去したエジプトのナセル大統領に代わってサダト大統領はシリアと組んで、1973年にイスラエルに対して南北から奇襲攻撃を展開しイスラエル軍を打ち負かしました↓

これには世界中が驚きました。

イスラエル軍はなおも反撃しますが、そこで第二の矢をアラブ人側が放ちます。

それが石油減産でした。

結局この石油戦略を用いてアラブ人側に有利な条件で休戦することになり、イスラエルは「エジプトのシナイ半島」を返還しましたが、ガザ地区とヨルダン川西岸地区からイスラエル軍を撤退させることはありませんでした。

これを経て石油原産国でもあるアラブ諸国は気付きました↓

アラブ人
今までボコボコにやられてきたけど、石油使ったら交渉を有利に運べるじゃん♪♪

石油危機(オイル・ショック)

中東戦争

石油危機とは、第四次中東戦争でイスラエル及び西側諸国に対してアラブ諸国が展開した石油戦略によって世界経済に大きな衝撃を与えたことを指します↓

石油を減産

石油価格が高騰

先進国の燃料不足

生産低下

物価上昇

世界経済が大ダメージ

という桶屋方式で、イスラエルを応援していた西側諸国が大ダメージを受けます。

と同時にアラブ諸国側も気付きます(↓既述ですが)

アラブ諸国

お、石油減産って結構効くじゃん(笑)

サイコー

まるで「カノッサの屈辱」で、空威張り的に皇帝を破門にした教皇のようですね(笑)

おまけ~イスラエルとPLO~

第四次中東戦争が終結してからの、イスラエルとPLOの歴史を簡単に追っていきます。

» 続きを読む(ちょっと長いのでおまけ程度に、興味のある方はどうぞ)

第四次中東戦争終結

エジプトとイスラエルが和平交渉成立

エジプト側に向けていた戦力をPLO粉砕に向ける

PLOを中心としたパレスチナ人ゲリラ組織とイスラエルが激しく衝突する

徐々に世界的に「イスラエルもPLOも相手の言い分も少しは認めましょうよ。和平して共存しましょう」的な考えが広まる

しかし「相手を徹底的に排除するまで戦うべし」という原理主義組織が台頭し、平和ムードを吹き飛ばす

遂にイスラエルがPLOを全力で潰し始める

PLO逃げまくる

ガザ地区でインティファーダ(民族蜂起)が起きる(※注1)

(※注1:インティファーダとは、武器を持たない民衆の民族蜂起のことで、武器を持たない女子供を含む非力な民衆が平和を願って立ち上がったことで、イスラエル兵士もさすがに一般市民には手が出せず国際的な和平ムードを無視することができなくなった。)


PLOが急に方向転換をし(※注2)「2国共存」を唱える

(※注2:アラファト議長は思い切って「二国家共存構想」を唱えて、イスラエル国家を承認し、妥協案を出した。)


オスロ合意でイスラエルとPLOがしぶしぶ仲直り

PLOがイスラエルを国家と認めながらもパレスチナ国家樹立を宣言する(※注3)

(※注3:何の準備も無くパレスチナ国を建国するのは不可能なので、現在はパレスチナ自治政府として国家建設の手前の段階まできている)


PLOがテロ活動停止を宣言

イスラエルもPLOも和平ムード

共存を嫌う勢力が両方に存在し、テロを続ける

もはや「共存」と言うよりは「相手を完全に抹殺して我らの単一民族の国家を作ろう」的な動きになる

現在も続く・・・

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筆者

ふう。

なっげ!!

つまり一言で言うと、「まだ争いは続いている」ってことだな

という感じなのです。

終わり!

おわりに

ということで、中東戦争は終わったもののパレスチナでは未だに、

ユダヤ人側ゲリラ
パレスチナ国なんていうふざけた国はぶっ潰してパレスチナ全体をイスラエルの領地にしよう
アラブ人側ゲリラ
イスラエルを倒して真のパレスチナ国家を建設しよう

というゲリラ組織が未だに争い合って大勢の民間人が殺されています。

やはり元の元をたどれば、全ては宗教戦争という事になります。

宗教とは世界に平和をもたらすものなのか、不幸をもたらすものなのか。

ご自身でじっくり考えて答えを出してください。

 

中東戦争 わかりやすく
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