【わかりやすい!】ベトナム戦争を徹底解説(*´ω`*)

今回はベトナム戦争についてみていきたいと思います。

漫画ゴルゴ13でもよく出てくるワードの一つ、あのベトナム戦争です。

「ベトコン」とか「枯葉剤」とか「北爆」なんて言葉も出てくるのでまさにゴルゴ13の話を思い出しながら書いていきます。

ベトナムの位置

まずはベトナムの位置を確認しましょう↓

ベトナム

ベトナムはインドと中国の間にある半島(インドシナ半島)に位置し、割と日本と近めですね。

この「南北に長い」という点が、後に問題を引き起こします・・・

ではベトナム戦争の概要をみていきましょう↓

ベトナムの支配の歴史

まずはベトナム戦争に入るまでのお話を超簡単に確認しておきます。

中国による支配

ベトナムは1000年以上もの間、中国の属国として支配されていました。

しかし11世紀初めに宗主国中国との友好関係は維持しながらもベトナムとして自立しました。

※ここで言う「中国」とは中華人民共和国ではなく、清とか明とかのその時の王朝です。

しかし南北に細長いベトナム国内での内乱は多く、長い間なかなか国が一つにまとまりませんでした。

フランスによる支配

そんな中、ベトナムは19世紀中頃にアジア進出を企てるフランスとの戦争(フランス=ベトナム戦争)に負け、ベトナム南部がフランスの直轄領になりました。

その後、ベトナム南部だけでなく中部と北部も支配しようとしたフランスに対して宗主国中国(当時は清)が抗議し、1884年に清仏戦争が起きました。

結局この戦いで清は破れてベトナムへの宗主権を放棄し、ベトナムはフランスの植民地になってしまいました。

日本による支配

1940年9月、本国フランスがドイツ軍に占領されたことを受け、ドイツの同盟国の日本は(ドイツを応援する意味でも)北部ベトナムに進駐し、さらに41年7月に南部ベトナムを占領して植民地支配を始めました。

1944~1945年にはベトナム北部で日本軍が大量にコメを買い上げたこと干ばつが重なったことで大規模な食糧不足が起こり、200万人近くの餓死者が出たと言われており、ベトナム人は現在でも日本人に対する微妙な感情が残っているらしいです(´・ω・`)

ベトナム民主共和国とインドシナ戦争

日本が第二次世界大戦で敗れた直後に、ベトナム人社会主義者ホーチミンが「ベトナム民主共和国」の独立宣言を行いました。

ベトナム人「やっと自分たちの国が持てる!!(´;ω;`)」

しかし、そう簡単に独立できたわけではありません。

第二次世界大戦戦勝国のフランスが再び帰ってきたのです。

フランス「わりーわりー、俺らさー、一時的にベトナムから撤退してただけなんだよね。これからも俺らの植民地としてやってくよな?」

とベトナムに舞い戻ってきました↓

これに反抗し、ベトナムとフランス軍の間でインドシナ戦争が起きました。

ホー=チ=ミンはベトナム独立同盟(=ベトミン)を指導し、フランス軍に徹底抗戦しました。

中国成立とアメリカ参戦

そんな中、第二次世界大戦も終わり、1949年には社会主義国家「中華人民共和国」が成立しました。

中国「よっしゃーー新しい国でけたーーー」

この中国成立に触発されてアジアが共産主義化するのを恐れたアメリカが、インドシナ戦争でベトナムと戦っているフランス軍を応援し、共産主義を広めたい中国・ソ連がベトナム側を応援し、大国同士の代理戦争という形になりました↓

ベトミン(+ソ連・中国) VS フランス・アメリカ

フランス軍降伏とジュネーブ協定 1954年

こうして、大国同士の代理戦争になったのですが、

ディエンビエンフーの戦いでベトナム人ゲリラがまさかのアメリカの武器援助を受けていたフランス軍を破ってフランス兵10,000人を捕虜にしてフランスを完全降伏させました。

これによりジュネーブ休戦協定が結ばれ北緯17度を軍事境界線としてインドシナ戦争の休戦が成立しました↓

北側はホー=チ=ミンを指導者とした社会主義体制、南側はアメリカに支持された親米派のゴ=ディン=ジェムを指導者とした自由主義体制になりました。

北側はソ連や中国が支持するベトナム民主共和国(北ベトナム)、南側はアメリカが支持するベトナム共和国(南ベトナム)が成立しました。

» 北ベトナムと南ベトナムを比較↓(クリックで開く)

北ベトナム南ベトナム
正式名称ベトナム民主共和国ベトナム共和国
首都ハノイサイゴン
指導者ホー=チ=ミンゴ=ディン=ジェム
(実質はアメリカ支配)
支持者(ソ連/中国)アメリカ

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これからベトナム戦争が始まっていきます。

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