【図解でわかる】西ヨーロッパの原点「フランク王国建設と分裂」の話

RYOです

今回はフランク王国建国と分裂までを説明します。

フランク王国と言えば、ずばり西ヨーロッパの原点です!

※フランク王国の勉強をしてからヨーロッパに行けば無学で行くより10倍楽しめます

5回にわたってヨーロッパ30ヵ国以上を完全無学で周ってきた僕が言うので間違いありません(笑)

ちなみに、西洋建築の勉強すれば無学で行くより100倍ヨーロッパを楽しめます。

正直この時代は〇〇人とか△△人とか覚えられない名前が山ほど出てくるので、大まかな流れだけを簡単に説明していきたいと思います。

では始めます。

フランク王国とは

そもそもフランク王国とは何か。

一言で言うなら

現在の西ヨーロッパ地域を統一していた王国

という事になります。

このフランク王国は大きく3つ(フランス・ドイツ・イタリア)に分裂し、それが現在のヨーロッパの地図になっているというお話です。

ローマ帝国が東西に分かれる 395年

話はローマ帝国分裂時代まで遡ります。

まずは西暦395年、現在のヨーロッパを統一していた「ローマ帝国」がゲルマン人大移動に伴う混乱(後述します)で東西に分かれました。

それが「西ローマ帝国」と「東ローマ帝国」です。

これ↑が分裂後の何となくの領域です。

東ローマ帝国 395年-1453年

東ローマ帝国はその後『ビザンツ帝国』と名前を変え、1453年にオスマン帝国に滅ぼされるまでおよそ1,000年もの長い間繁栄することになりました。

(※ビザンチン帝国とも言う)

ギリシア正教を国教とした現在の東ヨーロッパ諸国の原点ともいえる帝国です。

東ローマ帝国が影響を及ぼした東ヨーロッパ諸国は、トルコを中心とするだいたいこの黄色で囲まれた地域の国々です↓

まあ東ローマ帝国の話はここまでで!

ゲルマン人大移動と西ローマ帝国滅亡 375年-476年

フランク王国 西欧

一方、今回の本題は東ローマ帝国ではなく西ローマ帝国です。

西ローマ帝国はゲルマン人大移動に伴って大量のゲルマン人が帝国内に流入して大混乱が起き、わずか80年後の476年に滅亡します。

これから、ゲルマン人大移動が始まる前後から西ローマ帝国滅亡までを説明していきます。

ゲルマン人大移動によって西ローマ帝国が混乱状態になり滅亡したと書きましたが、「ゲルマン人大移動」自体を説明する必要があると思うので、ちょっとだけお時間を頂きます。

➀ゲルマン人

ゲルマン人とは、もともとはバルト海の沿岸部にいくつかの部族に分かれて住んでいた民族のことです↓

彼らは紀元前1世紀以降、人口増加や農地の不足から、北ヨーロッパのケルト民族を圧迫しながらドナウ川やライン川の北側(つまりローマ帝国の方面)まで進出します。

②ゲルマン人とローマ帝国

その結果、ゲルマン人がローマ帝国と接触するようになっていきました↓

ゲルマン人の中には、奴隷や傭兵、コロヌス(小作人)としてローマ帝国内に移住する者も出てきます。

地図上ではゲルマン民族の勢力図をローマ帝国よりも大きくしていますが、ゲルマン民族は様々な部族の寄せ集めのため、まとまった集団ではありません。

しかしゲルマン人はローマ帝国内の人々とは文化も宗教も全く違う異民族なので、基本的にローマ帝国とは干渉せずに日々を過ごしていました。

③フン族の出現

しかし!!

4世紀にゲルマン民族の一部族で黒海沿岸に住んでいた東ゴート族が、アジア系の遊牧民族であるフン族に征服されます↓

※フン族に関してはあまり深く分かっていませんが、中国にしばしば侵入した匈奴(きょうど)と同じ系列の民族と考えられています。

万里の長城はその匈奴の侵入を防ぐために建てたと言われています。

④ゲルマン民族大移動の始まり

フン族はさらに押し進んで西ゴート族を圧迫し、フン族に追われた西ゴート族は375年、ドナウ川を越えてローマ帝国内に流入します。

これが民族大移動のきっかけとなります。

まさに蟻の一穴ですね、一度ローマ帝国内に逃げ込んだ西ゴート族(ゲルマン人)はもう遠慮なく次から次へとローマ帝国内に逃げ込み始めます。

⑤ローマ帝国分裂

ローマ帝国の分裂は395年なので、ゲルマン人(民族)大移動が始まっておよそ20年後のことですね。

フン族から追われたゲルマン人が大量にローマ帝国内に流入したことにより、ローマ帝国は混乱し統一的に国を治めることができず、分裂しました。

なんせ宗教も文化も全く違う異民族が大量に入ってきたわけですからね・・・

しかし実はゲルマン人大移動は約200年間続き、ローマ帝国分裂は大移動開始から20年後と、割と大移動の序盤で東西に分裂しました。

⑥西ローマ帝国内にゲルマン人国家が乱立

西ゴート族はその後2回にわたってローマ市内で大規模な略奪を行うなどしたため、ローマ皇帝は帝国内に西ゴート王国をつくることを認めざるを得なくなりました。

ローマ皇帝「もうお前ら自分の国作ってええから、帝国内で悪さすな!」

これも蟻の一穴ですね。これに続いて

「東ゴート族」
「ヴァンダル族」
「ブルグント族」
「フランク族」
「ランゴバルド族」
「アングロ・サクソン・ジュート」

などのゲルマン諸民族も移動を開始し、定住した場所にそれぞれの国を建てました。

※今回の主役はこの「フランク族」です↓

つまり大量のゲンルマン人が「統一されていた帝国」に逃げ込んだのです。

そりゃパニックになりますよ。

ゲルマン人大移動はおよそ200年間続き、西ローマ帝国を混乱に陥れた後に滅亡させました。

既述しましたが、東ローマ帝国はその後1,000年以上存続します。
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